東京地方裁判所 昭和33年(ワ)8848号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕原告は昭和三〇年三月四日被告からその所有家屋を代金三〇万円で買受け、手附金として五万円を支払い、残金は同年三月一〇日右家屋の所有権移転登記手続完了と同時に支払う旨約し、約束どおり代金全額を支払つたのに被告は所有権移転登記手続に協力しないので、原告は被告に対し期間を定めて登記手続を完了するよう催告したが、被告はこれに応じなかつたから、原告は売買契約を解除し、売買代金および手附金の倍返し分の請求をした。被告は本件売買契約には前所有者中村泰子より原告に対し直接(被告井戸川は中間省略)所有権移転登記手続をなすこと、売買代金は被告中村から原告に対する右移転登記手続申請手続に必要な印鑑証明、委任状、権利証と引換にこれを支払うこと(ハ)その後の登記所に対する右所有権移転登記手続は原告において一切これを行うことなどの特約があつた。訴外中村はこれを承諾し、印鑑証明、委任状等を被告に交付したので、被告は約束どおり原告に対し昭和三〇年三月一〇日原告の要求する登記手続に必要な一切の書類を交付し、代金の支払いをうけたのであつて、被告はなんら債務の不履行はないと抗争した。判決の認定によると、原告はみぎのように登記に必要な書類の交付をうけたが本件建物の固定資産課税台帳登録証明書の不備ということから登記手続をしないでいたところ、訴外中村泰子の債権者の申立により本件家屋に対し競売手続開始決定をうけ昭和三三年五月二六日その旨の登記が経由されたのであつた。判決は被告の主張を容れ、被告が登記手続に必要な書類を買主に引渡すことによつて右登記義務は一切の履行を終了しうるものということができるとしてつぎのとおり説明している。曰く。
「本件のように不動産の買主が、売主である中間者を省略して同人よりその前主である現在の登記名義人から登記名義を移転するに要する有効な書類を受領したときは、他に特段の事情のない限り中間者である売主は移転登記手続に関する協力義務を免かれるものと認めるのが相当である。蓋し売主(中間主)は自己名義の登記の存在はなく従つて買主の取得した所有権の行使を妨げている地位にはないし、また前記登記書類の授受によつて売主は買主に対し、自己が前所有者(登記名義人)より一たん登記名義を自己に移転し、これをさらに買主に移転する不動産上権利の移転契約に関するこの種一般的義務の免除を受けたもの、買主もまた右売主に対し、該登記義務の履行を請求する権利を放棄したものと認めるのが相当であるからである。もつとも買主がその登記手続の遅滞により例えば登記義務者の印鑑証明書の有効期間を徒過したような場合、或はこれが再発行を求めようとしてもこの者が何れにか所在が不明になつてしまつたような場合は殊更登記請求権の行使に実質上困難をきたすことは否定し得ない。しかしもし中間省略登記の合意が、登記名義人を含めたいわゆる三者間の合意であるならば(中間者が登記名義人の代理人として買主とその旨を約束することも多いであろう)この合意に基き、またかような合意がない場合でも、買主は中間者の承諾がある限り自己の不動産所有権の完全な取得を妨げているこの登記名義人を被告とし所有権移転登記手続を求める訴を提起し得るから、改めて中間者に登記手続の履行を求めねばならぬ必要はない。また本件のように買主が登記手続を滞らしている間に登記名義人の債権者から本件不動産の差押登記を受けたとしても、それはこの手続を遅滞していた買主の責任である上、かような場合でも、もとより登記名義人に対する移転登記手続を求める法律上の権利に影響はないことももちろんである。もつとも原告本人は当法廷において被告より受領した登記手続の書類中には本件家屋の固定資産課税台帳登録証明書の交付がなかつた旨陳述しているが、仮にそうだとしてもこの種書類は何人でも容易に入手し得るもので、特別に売主の行為を必要とするものでもないこと家屋台帳法第二二条によつて準用される土地台帳法第三七条の三により明かであるから、登記手続遅延の責任を売主たる被告に負わしめるのは困難である。